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麺場二寅大将 -first owner-

元々海外で始めたラーメン屋としての人生、その経験の中で宗教上口にしてはいけない食品が定められている事を知りました。その中でより沢山の人に自分の作ったラーメンを食べてもらいたいと強く思い、数ある食材の中で世界でより多く食されている鶏に注目し、この日本で立ち上げた"麺場 二寅"では鶏スープをベースにしたラーメンを始めました。
私たちは素材、温度、時間など些細な所までこだわり、決して妥協しない信念を持ち、唯一無二のラーメンを目指しています。
美味しいラーメンは「スープ」「油」「かえし」の3つが三位一体となり完成すると考えています。 看板メニューの鶏白湯ラーメンは国産丸鷄を丁寧に下処理し、長時間炊き込んで旨みを最大限に引き出したスープを使い、自家製の油とかえしで絶妙なバランスに仕上げ、あの豊かな香りと深いコクを生み出しています。また、化学調味料は一切使用していないので、優しくしつこくない喉ごしが特徴です。二寅では、全ての調理工程を数値化し、いつでもブレのない安定した味をお客様にご提供できるよう努めております。
是非一度渾身の二寅ラーメンをご賞味ください。皆様のご来店心よりお待ちしております。     
元々はアパレル会社の経営者。多忙の中隙を見つけては、全国の各地のラーメンを求め食べ歩くほどのラーメン好き。
いつしか食べるだけではなく自作のラーメンを作ようにもなった。ただ自身の舌を満足させる物はそ う簡単には作ることはできず、作る側としてラーメンというものの奥深さと難しさを痛感すると同時にラーメンに更に深く魅力されていった。
ものづくりに対する新たな火がついた。自身の負けん気の強さと凝り性の性格もあって、「洋服もラーメンも材料が違えど同じものづくり。いつか必ず見出せるはず」と趣味の一つで始めていた物がいつの間にか本気になり 研究に没頭する日々が始まっていた。
独学で誰に頼るわけでもなく、なにもかも手探りの状態からスタートしたラーメン作り。おそらく修行者の何倍も遠回りし失敗して試行錯誤を繰り返しを続けた。それでも挫けることなくラーメンに対する強い情熱突き進み、やがて努力の甲斐が実を結すぶ時がきた。
ついにスープ、かえし、香味油といったラーメンの三つのノウハウを見出することに成功した。そして独自のラーメンの方程式を見つける事が出来た。
しかしこれで終わらない。むしろ向上心は加速する一方。日々切磋琢磨してようやく作り上げたこの方程式が、どこまで通用するのか勝負してみたいと強く思うようになっていた。
そして一大決心、経営するアパレル会社は順調だったにも関わらず、周りの反対を押し切りラーメン一本で勝負すると方向転換を決意。
こうして始まった我が麺道。長い月日を経た今日も作りあげた物に向き合い、どんなに美味しいと言われようと常に更に上を目指す為の努力と妥協は崩さない姿勢はあの頃と変わらない。
「ラーメンには定義も完成系も無い。時代や年代、老若男女によっても好みが変わる商品だからこそラーメンは面白く奥深い料理。」
たかがラーメン、されどラーメン。一生懸(麺)ひたむきに努力する。 


麺場二寅 大将 長谷川忍 

経 歴 -history-


元々国内での出店を考えていたが、香港でのラーメンブームの話を耳にし香港(TST)に渡り6坪のわずか7席の自身初となるラーメン店をオープンさせる。
当時香港での主流は博多豚骨ラーメンであったが、東京発祥であるラーメンを広めたいと思う一心で魚介豚骨で勝負する。それが話題を呼び、やがて数多くの香港スターも来店するほどのお店へと飛躍した。メデイアにも多数出演するなどこの年のOpenRice香港にて最優秀店を受賞する。
店舗拡大の為、ワンチャイ区にて28席の店舗をオープンさせる。五つ星ホテルのインターコンチネンタルの和食総料理長とコラボラーメンを発表。日本食ベストアワード2年連続受賞や日本食3500店舗の中で"最強の日本食店"の称号を獲得。また雑誌の表紙を飾るなど、各メディアからも注目を浴びた。
香港から凱旋帰国をし、今までやってきた豚骨スープに加え世界で唯一宗教上含め食べられる鶏肉に着目をし鶏スープの開発を進める。グローバル展開を視野に入れた取り組みを始める。
埼玉の所沢にて居酒屋を間借りし昼営業のみの店として鶏スープ専門のラーメン屋「麺場 二寅」の営業をスタートさせる。口コミから広がり開店から2時間で売切れる程の繁盛店となる。
間借り営業での実績を踏まえ東京の秋津にて独立店舗を構える。麺場 二寅 一号店をオープン。
秋津本店が評判となり事業拡大の為に、競合店ひしめく埼玉県川越市の本川越駅前にて二号店をオープンさせる。